SX-Aurora TSUBASAクラウドで100年後の温度上昇を予測する「地球システムモデル」を開発

(組織名) 東京大学 生産技術研究所 芳村研究室

公開日:

会社名 (組織名) 東京大学 生産技術研究所 芳村研究室
事業内容 (研究テーマ) 気候・水循環の理解を通じての社会貢献
企業URL https://isotope.iis.u-tokyo.ac.jp/

東京大学生産技術研究所 教授 芳村 圭
同位体気象学、水循環学を専門として、水安定同位体, 力学的ダウンスケーリング, データ同化, 統合陸域シミュレータ, 気候変動, 衛星観測, 洪水予測を行う。

同研究所 特任講師 新田 友子
統合陸域シミュレーターのメイン担当。陸モデルの中でも雪を専門としており、主な研究課題は積雪・融雪過程。

ご利用中のサービス
  • FLEX / HPCサービス"SX-Aurora TSUBASA"
採用の決め手
  • オンプレミスに比べ、導入や運用の負担を軽減できる
  • SX-Aurora TSUBASAを安定的に利用できる
芳村研究室について教えてください

100年後の気候を予測するための「地球システムモデル」開発を担う研究室

我々がカゴヤさんのサービスを使って力を入れて行っているのは、地球の気候変動を予測する「地球システムモデル(ESM)※」の一部である陸域モデルをメインとして大気モデル・海洋モデルと結合する統合陸域シミュレータ(ILS)の開発と研究です。

地球システムモデルでは、21世紀末までに気温が何度上昇するか、現時点でどのくらい上昇しているかを予測しレポートしています。レポートはIPCCという気候変動における国際組織から7年に1度の割合で提出されていて、2021年から2022年にかけてAR6(バージョン6)が発表されました。
 ※気候に関わる様々な事象を、地球規模で再現したコンピューター上のシミュレーション

我々は、その地球システムモデルのなかの陸域モデル部分を担当しています。地球システムモデルは、大気、海洋、陸域、それぞれを担当するチームに別れて開発をしているのです。各チームが作成したモデルを統合し、地球システムモデルを作り上げています。

地球システムモデルとは?

地球システムモデルを使い、数十時間後の洪水を予測することも可能

地球システムモデルは、100年後の気候を予測する以外の目的でも使えます。我々は地球システムモデルを使って100年後の気候を予測していますが、実はいきなり2100年の予測をしているわけではありません。

明日の気候、数日後の気候という風に少しずつモデルの中で時間を未来に進めて、ようやく2100年の気候を予測できるのです。地球システムモデルを使えば、少し先の未来も予測できます。

たとえば、2015年鬼怒川の堤防が決壊した際の豪雨や2019年の台風19号発生時には、陸域のシミュレーションにより30時間先の洪水を予測しました。地球システムモデルを応用すれば、数十時間後の洪水を予測することもできるのです。

ただ現時点では、日本の法律では未来の洪水予測を公開することが禁止されています。それが、ここ数年で洪水による被害が相次ぎ、「これではいけない」ということで今年度に法律が改正され、民間にも洪水予報の許可が出されていくのではないかと言われています。そうすれば、地球システムモデルによる予測を皆さんにとってより身近なものに感じていただけると思います。

地球システムモデルの精度を向上させるための計算資源は膨大化している

地球システムモデルは当初、地球を500km四方のマスに分割し予測をしていました。それが10数年前に100km四方まで、最近では数十km四方にまで高解像度化し、必要な計算資源が膨大化している状況です。

しかし、それでも十分とは言えません。たとえば陸域は大気や海洋に比べても不均一で、より予測の精度を高めるためにはマスをさらに高解像度化する必要があります。

我々が担当する陸域においても、数えきれない要素が気候に対して複雑に影響しています。たとえば、その要素の1つが雪です。陸域の中でも、雪は気候に大きな影響を及ぼしています。雪は白く太陽の光を反射させるため、雪があるのとないのとでは気候が全く変わるのです。

ただ雪1つとっても陸域の中でどの程度積もっているか、その状態がどの程度維持されるかといった状況が均一ではありません。場所によって雪の状態が少しずつ異なり、その違いが気候に影響します。

気候予測の精度をあげるためには、これらの状態をより高精度で反映させなくてはならず、計算の量が膨大化します。しかし、全てを細かく予測をしようとすると資源がいくらあっても足りなくなります。そのため、いかに計算コストをかけずに高精度にシミュレーションを行えるかが課題です。

 

SX-Aurora TSUBASAクラウドを導入した理由、使ってよかった点

SX-Aurora TSUBASAクラウドで運用負担を軽減

我々はカゴヤさんのSX-Aurora TSUBASAクラウドを、地球シミュレータ※のミニ版として使っています。

※地球シミュレータは、AMD社製CPUをベースに、NEC社製Vector EngineやNVIDIA社製GPU A100を組み合わせたマルチアーキテクチャ型スーパーコンピューター。地球上での様々なシミュレーションに利用される。

地球システムモデルの開発にあたり、地球シミュレータに都度ログインしてデバッグするというのはすごく大変な作業です。また地球シミュレータで開発しようとしても、1回の要求に対するレスポンスに1日以上かかるようなこともありました。

そこで手元でより迅速に開発をしたいと考え、地球シミュレータと同じ環境をカゴヤさんのSX-Aurora TSUBASAクラウド上に再現して活用しています。

当初はSX-Aurora TSUBASAを、オンプレミスで運用することも検討しました。クラスター型計算機はすでに持っていて運用しておりますが、オンプレミスの場合は電気設備や空調も全部自分達で揃えないといけませんし、メンテナンスも全て自分達で実行しなくてはなりません。

そこで預けてしまった方が我々の手間が省けるということで、カゴヤさんのHPCサービスを使うことにしました。

利用当初は、地球シミュレータと環境を合わせる必要があり、地球シミュレータの運用チームに相談するなど苦労する部分もありました。その後の運用については、現在無事開発に取り組むことができています。

 

今後の展望について

「日本のモデルはすごい」と言われるようにしたい。

2030年頃には、地球の気候変動に関するIPCCの7次報告書がリリースされる予定です。我々の研究室は、そのレポートにしっかり貢献するというのが目標ですね。

また我々が手掛けているような陸域に関するモデルは、実は各国で同じように開発が進んでいる状態です。他の国のモデルも優れている点があるのですが、そのときに日本のモデルがすごいと言われるようにしたいと考えています。

地球システムモデルを活用し、
人間が直面する様々なリスクを軽減していきたい。

洪水や干ばつなど、いろいろな自然災害のリスクを予測できるのが地球システムモデルです。私たちは地球システムモデルの研究をさらに進め、これら人間のリスクを軽減していけたらと考えています。

たとえば洪水により人命が失われるというのは1つのリスクですが、それだけではありません。洪水したあと衛生状態が悪くなり、下痢で苦しむ人が発展途上国にはたくさんいます。
さらに洪水や干ばつは農業に影響し、食料が不足するといった面もあるわけです。現在起きている物価の上昇は、ウクライナ戦争が原因と考えている方も多いでしょう。しかし実際には去年発生した大干ばつが、穀物等の価格の高騰の原因であり、それがエネルギーを含む様々な物価上昇の引き金となっています。

我々は地球システムモデルを活用し、これら人間が直面するリスクを軽減していきたいと考えています。こういったリスクを予測できるのが、コンピューターによるシミュレーションですから。

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